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第2章 8 
島に残るバナナ

ママ、どこ?

 美代子さんとマイケルさんは、その日午後になるまでバナナの島にいましたが、結局バナナは出てこなかったのです。美代子さんはなぜバナナが頑固に出てこようとしないのか理解できませんでした。美代子さんとマイケルさんが島に来ていることは知っているはずです。なつかしくないのでしょうか。おなかがすいているでしょうに。美代子さんを見て、ごはんがもらえる、と思わないのでしょうか。出てこないバナナを心配する心と、腹立たしい心とが一緒になって、美代子さんは混乱してぐったりと疲れてしまいました。島を去る時、美代子さんは目につく限りの貝殻や木の葉など水を溜められそうなものをみんな上向きにしました。こうしておけば雨の時に水が溜まりバナナは水が飲める、と考えたのです。

 二人はレオさんの島に帰る途中、二つの島のちょうど中間あたりの水路で碇を下ろしてカヌーを止め、夕食用の魚を獲ることにしました。マイケルさんは、水中めがねと足ひれをつけただけの素潜りで、銛で魚を獲るのが上手なのです。魚は隠れ場所となる穴やくぼみがたくさんある岩や、大きく育った珊瑚の回りで生活しています。マイケルさんは水面を泳ぎ回りながら水中めがねで海底の地形を観察し、魚がいそうだと思うとオットセイのように真っ直ぐ水の中に潜っていきます。マイケルさんが狙うのは大きくておいしい魚です。小さくて色鮮やかな熱帯魚はたくさん泳いでいますが、そのほとんどは食用には適していません。少なくとも30センチ位に育った味の良い魚、というとどこにでもいるものではありません。マイケルさんは泳いだり潜ったりを繰り返しながら、次第にカヌーから遠く離れていきました。

 美代子さんは魚を獲るのは下手ですが、海に潜るのは大好きですし、とても上手です。マイケルさんが離れたところで魚を獲っている間、美代子さんはカヌーの周りで泳いだり潜ったりして遊びました。珊瑚の塊に寄生しているいそぎんちゃくには草や花のように見える色の美しいものもあって、よく見るととても面白いのです。触ると形を変えたり、ぴゅっと穴の中に引っ込んだりします。海の生き物の中には毒針を持つものが多いですから、美代子さんは手袋をはめていました。長袖のシャツも着たままで泳ぎます。水の中にも強い日光が差し込みますから、Tシャツだけで長時間泳いでいると腕や首が真っ赤に日焼けしてしまうのです。美代子さんは泳ぎ疲れるとカヌーによじ登って休みました。

 バナナのいる島の白い砂浜は、海面と同じ高さのカヌーの中から見るとただの白い線にしか見えません。美代子さんは、今ごろバナナは誰もいない砂浜の真ん中に出てきて、きちんと行儀よく座り、首をかしげて沖に停泊しているカヌーを見ているのではないか、と想像しました。「バナナよ、お前は死んでしまうかもしれないよ。」美代子さんは心のなかで遠くのバナナに語りかけました。バナナを小島で一人淋しく死なせるのはあまりにもかわいそうです。美代子さんは、明日も又バナナの島に行かなければ、と心に決めました。日が経てば経つほどバナナはもっとおなかがすいて、森から出てくる可能性は高くなるでしょう。

 カヌーには釣りの道具がありましたが、餌につけるものがありません。美代子さんお得意のいか釣りなら餌なしの擬似針だけでよいのですが、こんな陽の高い日中、いかが水面を遊泳しているとはとても思えません。いかだって日射病になってしまうでしょう。美代子さんは、魚の確保はマイケルさんにまかせることにしました。

 陽がだいぶ西に傾いた頃、マイケルさんがやっとカヌーに戻ってきました。美代子さんは着ていたシャツを頭から被って狭いカヌーの底に寝そべり、船端に頭をもたせて待ちくたびれてうつらうつらしていました。突然カヌーがぐらぐらしたかと思うと、マイケルさんの濡れて光った顔がぬっと船端の上に出てきました。「ハイ、ミョーコさん!」

 美代子さんはよいしょと寝返って船端に顎を乗せました。マイケルさんは今日一日で髪の毛と同じくらい真っ黒になって、笑っている歯だけが白く見えます。マイケルさんは水の中で、腰に結んだ長いロープを手繰り寄せています。やがてロープをえらに通された魚が三匹近づいてきました。とてもおいしい刺身になるたいの仲間の魚が一匹、バーベキューにすると絶品のカワハギの仲間が二匹です。大収穫と言わなければなりません。美代子さんは首を伸ばして水の中の魚を見てすっかり嬉しくなりました。

 「こりゃあスゴイ。大きいねえ。おいしそう!」

 「うん、ちょうど良いサイズだろ。」

 マイケルさんは魚を、ロープごとどさりとカヌーの中に放り込みました。南の海にはサメがいます。死んだ魚の血の臭いに惹かれてやって来るかもしれません。獲った魚をなるべく体から離しておくために、長いロープを使うのです。マイケルさんがカヌーに乗り込んできて、二人はレオさんの島に向かってオールを漕ぎはじめました。一日中、泳いだり陽に焼かれたりして過ごしましたからもうくたくたです。疲れた体でカヌーを漕ぐと、レオさんの島は信じられないほど遠くに感じられました。美代子さんの柔らかい手には、朝バナナの島へ行く時にマメができ、帰りにはそれが破れてしまいました。

 島に着いてカヌーを浜の奥に引き上げたら、明るいうちに急いで焚き火の準備です。木の枝や古い椰子の実の外皮を集めなければなりません。乾燥した椰子の実の外皮はとても良く燃えて火保ちが良いのです。島に椰子の木はたくさん生えていますから古い実はごろごろ落ちています。マイケルさんが忙しく走り回って焚き火の準備をしている間、美代子さんは小さななべで米を研いだり、魚をさばいて刺身を作ったり、皿になる貝を集めたり、バーベキューの用意をしました。二人で大急ぎで働きましたが、準備の途中で陽が暮れてしまいました。夕陽を眺める余裕もありません。その夜は浜辺で焚き火をおこし、とてもおいしい刺身と焼き魚の夕食をとりました。月のない夜でしたが空は満天の星で、月があるのと同じくらい明るいのです。あまり沢山星があるので、日本で見慣れた大熊座や小熊座を探すのも難しいほどです。天の川の流れが際立って白く美しく見えました。流れ星があっちにもこっちにも、消えゆく線香花火のように落ちていきます。パラオの星空は大変豪華です。星には色があります。日本の空では曖昧だった星の色が、パラオの空ではネオンのようにはっきりと赤や青に見えるのです。黄や緑に色を変えながら輝く星だってあります。美代子さんはいつも飛行機ではないかと思って目を凝らすのですが、星は動きませんし、パラオの上空を通る飛行機は多くありません。バナナの目にも星が見えているでしょうか。美代子さんは、大空の星座のどこかにバナナの金色の目が隠れて美代子さんをじっと見つめているように思って、金色の星を探しました。

2010 - present
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