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第1章 3 
休暇を無人島で

レオさんの無人島

 ある日、マイケルさんが美代子さんのところに来て「ミョーコさん、学校が夏休みに入ったらすぐ休暇をとって、一ヶ月、無人島で二人だけで生活してみない?」と言いました。美代子さんは、これはすごい、と思ってすっかり嬉しくなりました。無人島で暮らすなんて、ロビンソン・クルーソーみたいではありませんか。美代子さんは‘ロビンソン・クルーソーの冒険’や‘十五少年漂流記’が大好きで、自分もいつか南洋の無人島で暮らしたいものだ、と思いながら大きくなった女の子だったからです。

 

 美代子さんは子供の時から心の中に自分だけの無人島をもっていました。その島は、ロビンソン・クルーソーや十五少年漂流記やピーター・パンや宝島に出てくる島にちょっとずつ似ているのですが、住んでいるのは美代子さん一人なのです。その島には、こんもりと木の茂った小高い山があって、その山から清らかな水が流れ出て白い砂浜を横切り海に注ぎ込んでいます。美代子さんはその川のほとり、砂浜を見渡せるあたりに丸木で二階建ての小屋を作って、犬や猫と一緒に住んでいるのです。どうやって食べ物を手に入れるのか、お手洗いはどうするのか、子供だった美代子さんは一生懸命考えて、そういう問題も解決してありました。小学生の頃、美代子さんはその小屋の設計図を作ったことだってあるのです。

 

 美代子さんは、一人っ子で、両親や友達よりもペットの犬猫や昆虫と一緒にいる時のほうがずっと楽しいという孤独好きな子供だったのです。美代子さんはこの心の中の無人島のことを家族にも誰にも話したことがありません。話すとその島に人が訪ねて来るような気がして嫌だったのです。美代子さんは今はもう大人です。その無人島は決してなくならずにいつも心の地図のどこかにあるのですが、美代子さんがそこを訪れることはだんだん少なくなりました。仕事とか勉強とか友達との付き合いとか、大人になるということは、とても忙しくそして結構楽しいことだったからです。

 パラオの学校は九月から新しい学校年度の一学期が始まって、六月に最後の三学期が終わります。六月終わりに卒業式があって、そして七月・八月は夏休みです。夏休みには宿題もなく、生徒たちは九月に新しい学年に進級するまで、のんびりと自由な時間を過ごします。先生たちは夏休みの間も毎日学校に来て自分の勉強をしたり、新学期の授業の準備をしたりします。ほとんどの先生たちはこの時期に一ヶ月くらいの休暇をとります。美代子さんとマイケルさんは、学校が七月はじめに夏休みに入ったらすぐ無人島暮らしを始めることにしました。美代子さんは最初、無人島に行く一ヶ月の間飼い猫のバナナを誰かに預けておこうと思いましたが、そんなに長い間責任をもって猫の面倒を見てくれる人がいなかったので、バナナも島に連れて行くことにしました。

 パラオに無人島は沢山ありますが、どれにもみな所有者がいます。誰のものでもない島、というものはありません。特に美しい海域は国立公園に指定されていて、その海域の島は国が管理しています。美代子さんとマイケルさんが行く予定の無人島は、コロールに住むレオさんというビジネスマンが所有している島でした。正確に言えば、レオさんの一族が所有している島ですが、レオさんが一族の長なので、そういう場合には“レオさんの島”と言っています。レオさんはコロールで小さなスーパーマーケットを経営しています。小柄でいつも楽しそうな笑顔を浮かべています。まるで臨月の妊婦のようなぷっくりしたおなかを堂々と突き出しています。あれはビール腹でしょうか。美代子さんはあの中はどうなっているのだろうと密かに気にしています。噂では、レオさんはパラオのどこかの村の酋長の位を継承する家系の人だということです。酋長は日本の市長のような役目をします。マイケルさんはレオさんに、島を汚さないようにしますから一ヶ月間住まわせて下さい、と頼んで許しをもらいました。

 レオさんの島は、国立公園に指定されている非常に美しい無人島群のすぐ近くにあります。島の半分は深い森で残りの半分は白い美しい砂浜になっています。森はだんだん土地が高くなって、最後は切り立った崖でそのまま海に落ちこんでいますので、島に上陸できるのは砂浜の側からだけです。美代子さんの心の無人島とよく似ているのですが、違うのは、レオさんの島には川がないことでした。レオさんは雨水を集めるためにドラム缶をいくつも島に運んで木の間に立てていました。雨は2-3日に一度くらい定期的に降るので、ドラム缶にはいつも雨水がいっぱい溜まっています。島に遊びに来た人や天候が悪くなって避難してきた漁師たちが、この水で喉を潤すことができます。美代子さんとマイケルさんは、一ヶ月の飲み水をこのドラム缶の雨水に頼ろうとしているのです。ドラム缶の溜まり水にはボーフラが湧いていますし、死んだ虫なども浮いています。腐った木の葉もたくさん底に沈んでいます。きれいな水とは言えませんが、美代子さんもマイケルさんも、今までドラム缶の水でお腹をこわしたことはありません。人間の体というのは案外強いものです。美代子さんは水質に関してはまったく心配していませんでした。その頃は携帯電話などはまだ市場に出ていませんでしたから、一度無人島に行ってしまえば、何があっても助けを呼ぶ手段はありません。でも、島にいる間に病気になったらどうしよう、なんて二人は一度も考えませんでした。美代子さんもマイケルさんも若くて元気で、そういう心配には縁がなかったのです。それに、多少の危険を冒すのが冒険というものではありませんか。

 美代子さんとマイケルさんはさっそく何を持って行くかという話し合いをして、リストを作りました。島には最小限のものしか持って行かない、というのが二人の考えでした。一ヶ月間、海から魚を獲って暮らすのです。でも、もしかして魚が獲れなくて飢えてしまってはいけませんから、念のため米とタロイモは充分に持って行くことにしました。米を炊くための小さいなべもひとつ必要です。無人島ではバナナは美代子さんの残り物を食べることになるのです。缶詰を持っていけば魚の捕れない日のおかずになることはわかっていましたが、二人は缶詰は持っていかないことにしました。海から捕れるものだけでどれくらいやれるものか試したかったのです。美代子さんは、魚を獲って刺身を作ったらどうしても醤油が必要だ、と思って醤油も持って行くことにしました。食事のための皿は要りません。島で大きい二枚貝の貝殻を拾って使えばよいと思ったのです。でも箸は二人分必要です。小枝を削って箸を作るのは簡単ですが、すぐ折れてしまってとても使いにくいものなのです。よく切れるナイフは必需品です。マッチもたくさんなければなりません。マッチを使わずに火をおこす方法はありますが、雨が降って湿った材料しかなかったら、マッチなしで火をおこすのはほとんど不可能です。コーヒーを淹れる時に使うろ過紙も大切です。毎朝これでドラム缶に溜まった雨水を漉してごみを取り除き、一日分の飲料水を作るのです。魚釣りのための釣り糸や針も用意しました。釣竿は要りません。岸壁からイカを釣る場合には、少し離れたところにいるイカを狙うために美代子さんは釣竿を使います。でもカヌーからの魚釣りでは竿を使う必要はありません。糸巻きに巻いた釣り糸の端に針と餌をつけ、おもりや浮きもつけて海に落とせば良いのです。

 美代子さんもマイケルさんも、一ヶ月の間ボーッとして毎日昼寝して過ごすつもりはまったくありませんでした。二人ともそれぞれ一ヶ月で成し遂げたい企画を持っていました。美代子さんは校長先生に新しい教科書を作るよう頼まれていましたので、島にいる間にその構想を練って下書きを作るつもりでした。参考書や紙や鉛筆がたくさん必要です。島には海辺に近い木の下にレオさんが作った大きなテーブルとベンチがあるのを知っていましたから、美代子さんはそこで教科書の仕事をしようと思っていました。一方マイケルさんは、島にいる間に小屋を作ろうと思っていました。勿論、島の持ち主であるレオさんの許可をもらってあります。レオさんはもし小屋がうまくできたら、自分が島に行った時の昼寝小屋にちょうど良いと思ったのかもしれません。快く許してくれました。マイケルさんは釘をまったく使わないでその小屋を作るつもりでしたから、釘の代りに細い丈夫なロープを持ちました。小屋に使う木は、島の反対側に茂るマングローブの林から切り出すつもりでした。そのための小さい手斧も持ちました。

 

 魚を獲るための銛は必需品です。マイケルさんの銛はスピアガンという種類です。鋭い銛が強いゴムひもにつながっていて、このゴムひもをいっぱいに伸ばして木の本体に止めます。銃の引き金のような仕組みでこのゴムを急にはずすと、銛は本体を離れて矢のように飛び出していきます。二人が寝るためのテントも必要です。熱帯の夜は案外寒くなりますし、夜中に雨が降ることも多いですからテントなしで寝るというわけにはいきません。物はなるべく持っていかないといっても、毛布や懐中電灯や雨避けのための大きいビニール袋や美代子さん用の虫よけの薬など、忘れてはならない物がたくさんありました。そして何より重要なもの、二人は島にあのカヌーも持っていくのです。

2010 - present
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ママ、大好き

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