第3章 26
バナナ アイランド
美代子さんはその後しばらく、教科書作りの最後の段取りや、学校の新学期の行事や、新しい生徒との授業などで多忙な日々をすごしました。もう十月にも入ったある日のこと、美代子さんは最近できた八百屋で、ライアンさんのイボバン農業高校から入荷された菜っ葉をあれこれ品定めしていました。授業を終わった美代子さんの生徒が数人、店の窓枠にもたれて美代子さんが何を買うか見ています。
突然、「美代子」と名を呼ばれて、美代子さんは顔を上げました。すぐそばに立っているのは、あのバナナの島の持ち主一族の若者です。何と今日はにこにこと愛想良く歯を見せて笑っています。美代子さんは、バナナの死を知らされるのかと思って身構えました。
「バナナは良い猫だ。俺たちはバナナを殺さないよ。」
美代子さんは嬉しいより先にびっくりしました。
「何があったんですか?」
「バナナが鼠を食べているんだよ。今まではツカツクリが卵を産んでも、鼠が巣の中の卵を食べてしまうので困っていたんだ。ところが、バナナが島に来てから、鼠が卵を盗らなくなった。」
「まあ、良かった。じゃあ、バナナはツカツクリを襲ったりしていないんですね。」
「うん、鼠のほうが容易に捕まるんだろうね。」
「そう。。。バナナはやっぱり鼠を食べていたの。」
「俺たちは今ではあの島をバナナアイランドと呼んでいるよ。バナナはあの島の主だからね。」
若者は笑いました。
「バナナアイランド。。。」
美代子さんはつぶやきました。
「どうかバナナを大切にしてやって下さい。バナナは良い猫です。きっと島の守り神になりますから。」
「大丈夫だよ。心配するな。」
若者は離れていきました。
美代子さんは何を飼うつもりだったかも忘れて、しばらく立ちすくみました。若者の言ったことは、美代子さんにとって大きな大きな心の安らぎでした。毒餌を食べて苦しんで死ぬバナナのイメージは、ずっと美代子さんを悩ませていたのです。バナナがいなくなってから、すでに四か月以上が経ちました。今まで生き延びたからには、もうすっかり環境に適応しているとみなければなりません。バナナは島の主になったのです。
「良かった。」
美代子さんは改めて安堵の溜息をつきました。店の窓に寄り掛かっていた生徒の一人があの若者を呼び止めました。自分たちの先生の美代子さんに、ペリリューの若者が何の用があったのか確認しているのです。他の生徒たちも寄ってきて、窓のあたりは子供たちでひしめいています。バナナアイランドの話は、今夜にはすっかり知れ渡ることでしょう。
これで美代子さんとバナナアイランドの話は終わりです。数か月後、もう一つ心楽しいことがありました。ナンシーさんとマックさんが結婚してパラオを離れることになったのですが、その時、ナンシーさんが可愛がっている猫をどうしようか、ということになりました。その猫は庭で飼われている雌の猫で、最近子供を産んだのです。もしかしたら猫好きの美代子さんがこれから面倒を見てくれるかと思って、ナンシーさんが美代子さんを訪ねて来ました。しかし、美代子さんには外で買われている子連れの猫が、簡単に住む場所を変えてなじみのない美代子さんのものになるとは思えませんでした。
美代子さんは、それで母と子の猫たちをそっくりバナナアイランドに連れて行くことを提案したのです。美代子さんはもしナンシーさんに時間がなかったら、自分が猫たちを船で連れて行っても良いと思っていたのですが、ナンシーさんはパラオを離れる前に母子の猫を集めてバナナアイランドに置いてきました。何と、バナナはお嫁さんと子供までいっぺんに授かってしまったわけです。美代子さんはバナナとその雌猫が、いずれはもっと子供も増やして、いつまでも仲良く暮らしていくことを祈りました。

オマエモ、ネコ?

バナナと子連れ猫
2010 - present
2010 - present

婚約指輪、必要?
はい。有名人でいらっしゃいますから、是非とも。