第2章 17
バーベキュー・パーティー

BBQパーティー
その夜はものすごく豪華なごちそうの並ぶ大パーティーとなりました。ビールやワインは飲みきれないほどあります。バーベキュー用の炭を持って来てくれたので、火力の強い安定した火が得られました。調整の難しい椰子の実の殻を燃やすのとは大違いです。浜辺で焚き火をおこし、獲ってきた魚を串に刺して塩焼きにし、もうタレにつかって味のついている鶏肉を金網の上でジュージュー焼きました。チーズもあります。新鮮な水もありました。みんなは思い思いに焚き火の周りで砂に座ったり、丸太を持ってきてそれに腰掛けたりしています。風は止んで空気は夜になっても暖かく、波とも言えないほどの小さなさざ波が岸に寄せてきます。島は静まり、木も虫も人間たちのおしゃべりに耳をすませて聞いているようです。美代子さんには英語の会話が速すぎてわからないことが多かったのですが、おいしいものを食べているだけで満足でした。
そのうちに誰かが、「ボランテア期間が終わったらどうする?」と言いました。ここにいるアメリカ人たちはみなあと一年足らずで、二年間のボランテア期間が終わるのです。希望すればボランテア期間を延長することも可能です。
農業高校の先生をしている金髪のライアンさんは、「僕は一年くらい延長してイボバンに残ると思うよ。」とお酒で赤くなった顔で言いました。イボバンというのはカークさんが教えている農業高校の名前です。「養鶏を始めるために、新学期が始まったらすぐにひよこをたくさんハワイに注文するんだ。一年くらい滞在を延長すれば養鶏のプログラムも軌道に乗るだろうから、そうしたら次の進路を考えるよ。」
「私はアメリカに帰るのが待ちきれないわ。家に帰って、ちゃんとした会社に就職するわ。」と優しい目で笑顔の美しいリンダさんが言いました。リンダさんの故郷はアメリカ南部のジョージア州アトランタという都市です。リンダさんは、アトランタ訛りの、語尾を引っ張るような抑揚のある英語を話します。「パラオは良いところだけど、私は二年いたらもうたくさん。」
マックさんに寄りかかって座っていたナンシーさんが、リンダさんの発言に深く頷きました。
「何か外国と関係のある仕事をしたいなあ。アメリカと外国を行ったり来たりするような職業に就きたいんだ。アメリカに帰って落ち着く気になれないよ。」とマックさんが物静かに言いました。
「その気持ち、わかるなあ。」とマイケルさんが焚き火の向こう側から言いました。
「ねえ、ねえ。みんな、知ってる?僕、アリゾナ州に良い大学院があるという話を聞いたよ。国際ビジネス専門の大学院で、卒業すると国際関係の会社に就職できるらしいよ。」とビルさんが真面目な声を出しました。「僕はパラオの後で、その大学院に行って修士の学位をとりたいと思っているんだ。」
「修士課程って2・3年かかるんじゃないか?学費だって高いだろう?」マイケルさんが尋ねました。ビルさんはその学校に関して知っていることを話し、それから会話は、学費をどう工面するかという話になっていきました。
美代子さんは既に二年間パラオで教員をしています。夏休みになる前に、パラオの文部省と再び二年間の延長契約を結びました。美代子さんは、自分があと何年パラオにいたいのかよくわかりません。美代子さんは次の二年の契約期間が終わったら考えようと思っています。
夜が更けて、みんな酔っぱらってしまいました。ビルさんは森の中から空になった椰子の実の核を一つ拾ってきて、器用に真っ二つに割りました。美代子さんはそのやり方を知りませんが、椰子の実の核は、ある特定の場所を叩くときれいに真ん中で二つに割れるのです。ビルさんはそのやり方を知っているのでしょう。ビルさんは半分になった核を一つずつ手に持って打ち合わせ、パカパカと馬のひずめのような澄んだ良い音を出しました。そしてリズミカルに拍子をとりながら、上手に踊り始めました。ビルさんは、そのステップをどこで覚えたのでしょうか、腰を落とし、パラオの踊りにちょっと似ていますが、もっと恰好良くてとても素敵です。パカパカいう音も強弱があって単純ではありません。ビルさんの表情豊かな丸い目が、焚き火の光を反射してキラキラと輝いています。みんなは、踊りも音も優れているのでびっくりして、わいわいとはやし立てて褒めそやしました。誰かがピーピーと賞賛の口笛を吹いています。ビルさんの鼻の下の髭が得意そうにうごめいています。美代子さんは、前からビルさんは楽しい人だと思っていましたが、こんな素敵な才能があるとは知らなかったので、すっかり嬉しくなって、みんなと一緒に拍手しました。金髪のライアンさんも立ち上がって一緒に踊りだしましたが、ビルさんのリズム感は群を抜いていました。おとなしくて内気そうなマックさんも立ち上がって、ナンシーさんの手をとって踊りだしました。すごく楽しいパーテイーになってきました。何にでも積極的で少しも内気そうに見えないのに、実はとても恥ずかしがり屋のマイケルさんは砂の上に座ったまま、踊っている人たちをニコニコ笑いながら見上げています。
ビルさんは、飲んだり食べたりで時々中断しながらもずっと椰子の実を鳴らし続け、しまいにはみんながしゃべり疲れ、遊び疲れて寝る支度を始めても、まだ一人で浜辺や森の中を踊りながら歩き回ってパカパカと澄んだ音を響かせていました。
みんなはテントを二つ持って来ました。一つにはリンダさんとナンシーさんが寝ることになりました。もう一つのテントにも二人しか寝られません。一人はみ出してしまいます。はみ出した一人はテントなしで寝なければなりません。マイケルさんがはみ出した一人が使うように毛布を用意しました。マイケルさんは、美代子さんと二人で使っているテントを森の奥から持ってきました。三つのテントは、焚き火の周囲に入り口が向かい合う形で張られました。順々とみんなテントに入ったのに、ビルさんだけが、まだ浮かれて海の方で渚に沿って歩きながらパカパカやっています。毛布にくるまって外で寝るのはビルさんということになりそうです。
そのうちビルさんが戻ってきて、火の落ちた焚き火の周囲でひとしきり見事に、激しく椰子の実を打ち鳴らしました。疲れた気配はまったくありません。テントの中からライアンさんがくぐもった声で「うるさーい」とどなりました。美代子さんが首を伸ばしてテントの入り口の虫除け網を通して見上げると、焚き火の残り火の反射を受けた赤い顔のビルさんが、腰をかがめて美代子さんを覗き込んで上機嫌で笑っているのが見えました。
翌日は、全員昼近くまで寝坊してしまいました。思い思いに起きだして昨夜の残り物を食べて、訪ねてきた五人はゆっくりと帰る支度をしました。美代子さんは、残った鶏肉やパンやチーズ、そして飲み水をもらいました。
ポニーテールのナンシーさんが、「ミョーコさん、ハンモックをこのまま置いていったら使う?」と尋ねました。
「ええ、喜んで使わせてもらうわ。」
「じゃあ、このまま置いていくわ。コロールに帰ってきた時、返してね。」
「オッケー、有難う。」美代子さんは「しめた!」と思いました。美代子さんはハンモックにゆらゆら揺られて昼寝をするのが大好きなのです。
五人はやがて空になったクーラーボックスと大量のゴミの袋をボートに積んで、口々に「さようなら!」と叫びながら島を離れて行きました。美代子さんとマイケルさんは、浜辺に立っていつまでも手を振って応えました。そして、小さな赤い木造ボートが岬の向こうに見えなくなると、何だか淋しい気持ちになって、それぞれ教科書作りと小屋作りの仕事に戻っていきました。
